2007年10月20日

友人に関して

本題に行く前に、mixiって日記書きづらい、って事に関して。

mixiってポジティブなことしか書けないような雰囲気になってる気がする。愚痴とか、むかつくこととか、書くとたぶん性格悪いと思われるんだろう。「ありのままの自分を出しちゃえばいいじゃん!」という意見もあると思う。リアルの世界、例えば飲み屋で友達と飲むときなんかはありのままでいいと思う。でも、mixiという割と新しくてまだ得体のしれないメディアにありのままの自分をさらすことがどのような効果を生み出すかが分からないので、僕はびびってしまっている。

あと、マイミクが明るい日記ばかり書くから、自分だけ平凡な生活送ってるんだ、と被害妄想に駆られてしまう。淡々と日々のこと書いてるだけなのに、「あぁ、この人充足してるんだ、いいなぁ」と嫉妬してしまう。当然、嫌なことや愚痴もあって、そんなこと書いてもしょうがないから省いてるだけなんだろうけど、読んでるほうとしてはそう思ってしまう。自分としても、人にそう思わせたくないから、愚痴じゃない淡々とした日記も書けなくなる。

こんな俺は人の目を気にし過ぎなノイローゼなのだが、知り合いでつながっているmixiでは全く日記を書かないが、こういう誰が見てるか分からない、匿名ブログではありのままの日記を書くという、皮肉な状況に陥っている。こんな人最近多いのではないか。

自分にもmixiに日記を書きたい願望はあるんだと思う。みんな、どういう気持ちで書いているのだろう。

さて、本題の友人に関して思うこと(愚痴気味)

・N子について

最初に言っておくが彼女はとてもいい子だ。
これから書くことは、とりわけ悪い面を書いてしまう気がするが、一面的な見方であることを了承してほしい。

この子は非常に社交的。そういう面は尊敬してる。
ただ、ミーハーな一面がある。流行を追っかけて、自分の本質に合うものを探そうとしているのか疑問に思うことがある。
まぁ、ミーハーというのが悪いことかというと、そんなこともない気はする。僕もミーハーだし、ミーハーってことは浅く広く色んなものに触れられるということで、「深くせまく」というものに劣るということではないからだ。

N子は決して無知ではない。だが、これはミーハーという性格と関連があるか分からないが、物事を深く考えないところがある。対象の本質は何かとか、何かの流行にはまったら、なぜそれにはまったのか、とか、なぜそれが好きか、とか、この組織の権力構造はどうなってるか、とか、挙げたらきりがないが、とにかく物事を深く考えていないように見える。なので、私がN子と会話すると、かなり話が合うほうなのだが、時々「えっ?」と思うことがある。自分からすると中学生のような物事の認識なのだ。(自分棚上げだが)N子のこの性格はおそらく、他人中心な性格から来ていると思う。私なんかは、自分中心で、常に自分の中で内向的にものごとを考えるタイプなのだが、彼女はその逆。だから、非常に優しい性格で友達思いでその面ではすごく尊敬しているが、あまり自分の頭で物事を反芻して考えたりはしないのだろうと思う。あと、彼女の外交性から来るエピソードだが、私が会社を辞めてしばらくたった頃、「あの人きっと寂しいと思うよ。」と言っていたらしい。私はそれを聞き、優しいなぁと思うと同時に誤解に少し腹立ち、また「あぁ、外交的な人は、集団の中にいないと寂しいのか。」と気付いた。ちなみに私は会社を辞めてから、一度も寂しいと思ったことはない。内向的な人は孤独に強いのだろう。

ミーハーということと、このような思慮深くないという点があいまって、時折N子はすごく浅はかな人物に見えてしまうのだ。ミーハーというのが長所であるにも関わらず。

ミーハーというのと思慮深さは同居しえないのだろうか?自分にはこの二つは違うベクトル上にあるような気がするので、同居しえる気がする。なので、N子には思慮深いミーハーになってほしいなぁと思うのだ。そうすれば、彼女はさらに魅力的な女性になると思う。








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2007年10月12日

有島武郎「小さき者へ・生れ出づる悩み」を読んだ

有島武郎の「小さき者へ・生れ出づる悩み」を読んだ。

有島は「君」を尊敬している。資産階級である有島は漁業というつらい家業をせざるを得ないがそれでも絵への執念を持ち続ける「君」にコンプレックスを持っているようだ。それがわかるのが、有島は自らを「白い手で芸術をうるもの」としている。

社会の仕組みの不合理さに気付きながら上流にいるという矛盾に苦しんでいたのだろう。

好きな音楽が飽きるほどできるほど金持ちだったらいいのにと思っていたが、これを読んで、確かにそれも矛盾に苦しみそうだと思った。自分で生計を立てる中、努力してそういう好きなことをやる、というのは美しいかもしれないね。
ラベル:有島武郎
posted by 横浜振動 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

夏目漱石「こころ」を読んだ

夏目漱石の「こころ」を読んだ。

高校くらいの時、教科書かなんかで少し読んだ気がするのだが、今読むとすごく分かる部分が増えている。人間は完璧ではない、と漱石は考えているのだろうか。「人間らしい」という言葉をそのような文脈で使っている。

「僕」、「先生」、「K」の3者とも漱石自身を描いているのではないかと思う。3人に分けてはいるが、小説を通して漱石の内省の過程を描いているのだと思う。

私は最近、このような「名作」をよく読むのだが、小説もハウトゥ本なんかと同じ感覚で読んでもいいのではないか、と考えるようになった。「こころ」は、正直物語として面白いとは思わなかった。でも、漱石の思索を通して自分の心におきる現象も、見えやすくなる気がして、自分の精神の成長に役立つと感じた。(だからタイトルが「こころ」なのか?)このような実利を求めて小説を読んだっていいのでは、と思ったのだ。


関連ブログ記事:
http://www.kanshin.com/keyword/1143876
ラベル:夏目漱石 こころ
posted by 横浜振動 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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