2007年09月05日

「労働と人生についての省察」を読んだ

最近本を読みまくっている。暇で本ばかり読んで
社会と接していないと、自分が賢くなっているという
錯覚に陥る。本をたくさん読んだからって賢くなるわけじゃないぞ
と自分を戒める。なぜ本を読むか。単純に現在不思議に感じること
を解明したいからだ。でも、文字面で解明できた気になっているだけで
実際何もわかっていない可能性が多々あるので、
知識を誇ることは本当にやめたい。
では、今日読み終わった本の感想。

少し前によんだハンナ・アレント人間の条件よりは
ましだったが、この本もかなり難解であった。
ただ、私も労働経験があるので、悪質な労働が人間に
与える影響についての描写は生生しく感じた。
ヴェイユは哲学者でありながら、労働者と一体になろうと
一年間実際に工場に勤めるなど、頭で考えた理屈だけ
いう学者なんかに比べて非常に尊敬できる。

彼女は過酷な労働の中で、冷静に労働の問題点を指摘する。

「恐怖と金銭という飴。ストイシスムによってこの二つの
感情を抹殺することは、要求された調子で働く状態の
外に立つことになります。」(P158)

このような状況の中で働き続けるには、倫理的堕落を
許容するしかない。思考し続け、プライドを持ち続ける
ことは絶望に近い苦しみを意味する。

「現状の中にある最も逆接敵なものはこういうことです。
経営者達は、もはや失うべきものが何もないと信じているために、
革命的な言動を致します。労働者達は失うべきかなり重要な
何者かを持っていると信じているがゆえに保守的な
言動をしています。」(P200)

現代の労働者でさえそうだ。

「一日の労働時間中に受けた苦情を分析するよりも、
支払い伝票に記入された数字について要求する方が
容易である。それゆえに、給料の問題はしばしば
他の致命的要求を忘れさせる。」(P219)

私が会社にいたとき感じたことを見事に言語化してくれた。
問題は金じゃない。

これらの労働観が現代にそのままあてはまるとは
思わないが、どんな労働でも本質的にはこのような面を
持っていると思う。
ヴェイユは労働の問題点を生生しく指摘した。
だが、私が最後のページまで期待した、そのような
労働にどう向きあうべきか、ということには触れてなくて
少しがっかりした。
正直、労働が人間にとってただならぬ問題であることは
分かっている。一個人がどう努力しても、政治家や
学者でない限り、その状況は変わらない。
であれば、その現実にどう向き合って、どう乗り越えていけば
よいか、を彼女の主観でいいので語ってほしい。
弟や妹が労働に関して悩んでいたら、
彼女はどうアドバイスしたであろうか。
そのようなことが言えない限り、いくら労働者と一緒に
働いたりしても、学者の域を出れないと思う。








posted by 横浜振動 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 働くということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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