2007年09月06日

なぜ会社を辞めたか

相当ガキな考えなので仕事を持っていてる方で
この文章を読んで不愉快になる人もいるかもしれません。
あらかじめご了承願います。

私が会社を辞めて4ヶ月が経ってしまった。
本当にあっという間であった。
この期間私は何をしていたのだろうか。
会社にいるときできなかったことを
めいっぱいやると同時に
労働観や仕事観の本を10冊以上は読んだ。
その読書から得られたものは何だったのだろうか。
正直いって読書から多くのものを学べるとは思えなかったが、
一つ分かったことがあるとすると、
「自分で食っていければ誰も文句は言わない」
ということである。

「好きなことを仕事にする。」という一つの考えかたがある。
私は学生の頃から、好きなことっていうのが、馬鹿デカイこと
である人はどうするのであろうか、という疑問を持っていた。
そういう人の事を、「現実と折り合いをつけなきゃダメだよ。」
という人がいるが、折り合いをつける=好きなことをやってない、
ということになると私は思う。好きなことに制限をつけていたら、
それは好きなことではない気がするのだ。

このような思考のどうどうめぐりを学生の頃からずっと
してきたわけであるが、大人と言われる年齢になり、
一つの会社を経験し退職すると、親のもとにいづらくなる。
生活費その他貯金から払っているもののいづらくなる。
その感覚を味わっている現在、一つの結論に思い至る。
「あぁ、結局自分で食えればいいわけね。」ということだ。
この今考えると至極あたりまえな感覚が学生のころはなかった。
仕事に関して、「好き」とか「稼げる」とか「成長できる」とか
そういう付属的な面ばかり見てきた。
結局一番大事なのは、「自分で食ってく」ってことなんだと。
なぜ人は働くかという質問の正解は「食ってくため」が
正解だと思う。

この質問に対して、「仕事が楽しいから。」とか、
「人の役に立ちたいから。」と社会人が学生に対して答えるのは
あまりよくないことのような気がする。
このような答えは、仕事の一番大切な部分から
目を離させてしまうと思う。
宝くじで10億円当たっても同じ仕事を続けると
胸を張って言える人でないと「仕事が楽しいから」
みたいな答えをしてはいけない気がする。
仕事は食ってくためにする。その代わり、食っていければ
何しても自由。
日本人は(他国は知らないけど)もっと「食っていければ何しても自由。」
という感覚を持ったほうがいいと思う。

それによって、「食うためにはどうしたらいいか。」ということを
もっと深く考えるようになる。「食えるようになったら何をするか。」
ということも考えるようになる。
現在の日本は、食えているのに、「サラリーマン的な仕事」で
ないとダメみたいな固定観念が少しある気がする。
食えりゃいいじゃん!と私は思う。
「食っていければ何しても自由。」ということを学生や
子供達にも伝えていってほしい。

さて、私がいた会社を振り返ってみたい。
会社のいやだった部分をあげておきたい。
この中には辞める理由になったものと
我慢できるものがあるが、とりあえず両方
あげておく。同レベルとして扱うのはどうか
というのもあるが、とりあえず箇条書き的にあげてみる。
かなりわがままなことを思っているのは認める。

1.この会社にいた10年後の自分の姿がリアルに想像できてしまう。
2.プライベートが無い。(残業多い、飲みが多い)
3.長いものにまかれろ的雰囲気
4.新しいことに挑戦できない。
5.尊敬できる先輩が一人もいない。
6.組合幹部が出世コース。
7.メンターがいない。

まぁ細かいところをあげればきりがないし、
いやなことだから、お給料がもらえる
ということも重々承知している。
以上のものがすべて我慢できないわけじゃない。

徹底的に我慢できなかったのは2である。
土日は基本的には休みではあったが、
月1度くらいは出張が入るし代休もとれない。
代休というシステムはあるが、誰もそんなことを
考慮して仕事をしていない。
残業で9時10時はあたりまえで、終電を逃すこともざら。
たまに早く仕事がかたづくと、先輩に飲み行くぞと
連れていかれて、朝方まで飲まされる。
そんなの断ればいいじゃん、と思うかもしれない。
私も会社に入る前はそう思ってたし、
最初はがんばって断っていた。
それが、会社の飲むカルチャーはかなり根深い。
一個人のそういった「わがまま」はねじりつぶされてしまう。
私はそんなに酒に金と時間を使わないで、みんな英会話でも
習えばいいじゃんと思っていた。

このご時世このような会社はざらであることも
友人の話を聞いて知っている。
でも私は趣味を大事にしたいと思っている。
趣味ができないのは、我慢できない。
そういう気持ちをかなり頑固に持っている。
本当にそれだけ。2がクリアできれば
それ以外の項目は実はなんともなかったりする。
どんなにひどい仕事でも自分の時間さえ作れればいいのに、
と思っていた。

辞めて数ヶ月がたち、思うのは、
このような悩みを相談できる先輩が一人でも
いればよかったと思う。(それで問題が解決するわけではないが)
新人の教育は、同部署の先輩にすべて任される。
同部署で同じ仕事をしている先輩は利害関係があるので
悩みなんて相談できるはずがない。
「愚痴言ってんじゃねー!」と怒られるだけだ。
もし、全く利害関係のない部署にメンター役みたいな
先輩がいれば相談できて、もう少し深く考えること
ができたのではないか、と思ってきた。
まぁ、結論は変わらなかったとは思うが。

そのような判断で会社を辞めた現在、
食っていくために他の仕事を探している、
あるいは仕事を作ろうとしている。
友人に起業の話をもちかけられたりもした。

正直いって、趣味の時間を持ちながらできる
仕事が存在するのかわからない。その趣味自体を
仕事にしなければ不可能ではないか、という思いもある。

そのあたりが現在わからないことである。
こんなこと本を読んだからってわかることではない。





ラベル:労働 仕事 会社 起業
posted by 横浜振動 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 働くということ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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