2007年09月24日

法律と慣例のせめぎあい

社会のルールは大きく分けて二つあると思う。
一つは明文化された法律。もう一つはなんとなく社会に根付いている慣例。前者は基本的に一つの社会に一つだが、後者は何段階ものレベルに分かれている。

この法律と慣例のせめぎあいが、世の中の問題を多く生んでいると思う。例えば、談合。土建屋業界の慣例では、談合することがよいこととされているんだと思う。慣例の中で生きていると、法律を傘に批判してくる連中が、「犯罪者」に見えるのだろう。
また、企業内の搾取構造もそうだ。経営者の慣例では、労働者を法律の基準以上にこき使うことは別に悪いことではない。なので、労働問題が多発する。

法律は、その通りに社会を運営すれば効率よく社会全体が機能するように作られている。だが、諸々の慣例が法律通り社会を運営することを妨げている。日本人の売りはチームワークや協調性とよく言われるが、社会全体の効率を慣例によって落としている。ヨーロッパの国、例えばオランダは、法律を変えることでドラスティックに社会構造を変えることが可能な国である。ワークシェアの取り組みも成功している。
日本が社会を改善できない理由は、このような慣例が法律を妨げているからではないか?チームワークが売りなはずの日本人だが、国全体の規模になるとあまりチームワークが機能しない。

欧米人は法律が一番だと考えているので、効率よく機能するのだ。日本では法律が一番だと思いたくても思えない土壌がある。法律を遵守すると慣例を破ったりして損をすることが多々あるからだ。なので、日本では法律を見つつ横目で慣例にも注意を払わなければならない。だから、ドラスティックでパワフルな改革にもパワーが出ないのだろう。


ラベル:法律
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posted by 横浜振動 at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | いやらしい思索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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