2007年10月12日

有島武郎「小さき者へ・生れ出づる悩み」を読んだ

有島武郎の「小さき者へ・生れ出づる悩み」を読んだ。

有島は「君」を尊敬している。資産階級である有島は漁業というつらい家業をせざるを得ないがそれでも絵への執念を持ち続ける「君」にコンプレックスを持っているようだ。それがわかるのが、有島は自らを「白い手で芸術をうるもの」としている。

社会の仕組みの不合理さに気付きながら上流にいるという矛盾に苦しんでいたのだろう。

好きな音楽が飽きるほどできるほど金持ちだったらいいのにと思っていたが、これを読んで、確かにそれも矛盾に苦しみそうだと思った。自分で生計を立てる中、努力してそういう好きなことをやる、というのは美しいかもしれないね。


ラベル:有島武郎
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2007年10月05日

夏目漱石「こころ」を読んだ

夏目漱石の「こころ」を読んだ。

高校くらいの時、教科書かなんかで少し読んだ気がするのだが、今読むとすごく分かる部分が増えている。人間は完璧ではない、と漱石は考えているのだろうか。「人間らしい」という言葉をそのような文脈で使っている。

「僕」、「先生」、「K」の3者とも漱石自身を描いているのではないかと思う。3人に分けてはいるが、小説を通して漱石の内省の過程を描いているのだと思う。

私は最近、このような「名作」をよく読むのだが、小説もハウトゥ本なんかと同じ感覚で読んでもいいのではないか、と考えるようになった。「こころ」は、正直物語として面白いとは思わなかった。でも、漱石の思索を通して自分の心におきる現象も、見えやすくなる気がして、自分の精神の成長に役立つと感じた。(だからタイトルが「こころ」なのか?)このような実利を求めて小説を読んだっていいのでは、と思ったのだ。


関連ブログ記事:
http://www.kanshin.com/keyword/1143876
ラベル:夏目漱石 こころ
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2007年09月14日

中沢新一「アースダイバー」を読んだ

文化系トークラジオLife柳瀬博一氏がお勧めしていた、
中沢新一氏のアースダイバーを読んだ。

東京の街を縄文地図を持って散策し、縄文から現代へのつながり、
を解き明かしていくというような作品。各地の都市伝説的なもの
が知れる。そこそこ面白かった。

銀座に広告会社が多いのは、山東京伝から始まっているなんて
知らなかった。江戸時代から脈々と受け継がれているもの
なんだ。

ところどころにちょっとエロテーストがあるのが最初疑問だったが、
週刊現代に連載していたものと知って納得。むしろ週刊現代で
あそこまでアカデミックなものをやるんだ、と思った。
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2007年09月10日

本田信一「内向型人間だからうまくいく」を読んだ

文化系トークラジオLifeのサブパーソナリティの斎藤哲也さん
がおすすめしていたので本田信一さんの「内向型人間だからうまくいく」
(PHP研究所)を読んでみた。
斎藤哲也さんはLifeのなかでも、「働く」ことに関すること
に関心が強いかたで、文化系書店Life堂という企画の時も
「働く」ことをテーマにした本をたくさん紹介している。
私はそれらの本をほとんど全て読んだが、どれも非常に
よかった。

本田さんのこの本を読み、まず、私に近い人間がいるんだと
知り勇気付けられた。内向型の人間でも、無理に外交型に
なろうとしなくてもいいんだ、と気持ちが楽になった。

私もやはり、外交的になろうなろうとしてきて、
非常に苦痛な思いをしてきたと思う。
ただ、その努力が中途半端に実って、第一印象で
外交的な人だと思われたり、悪いときは軽薄な人だと
思われることもある。
だから、本田さんがいう内向型の人間とは微妙に違う
のかもしれない。本田さんのいう内向型の人は、
ひっこみじあんということはあるけど、ずるをしなかったり
優しかったりという非常にいい部分がある。
でも、私は内向型であるにもかかわらず、
状況によってずるをしてしまうだろうし、
意地悪をしてしまうこともある。
時には、攻撃的になってしまうこともある。
内向型であるにもかかわらず目立ちたがりやであったり、
お金が大好きだったり、異性を外見で評価してしまったりもする。

なので、本田さんのいう「弱くてやわらかい者が生き残る」
というのに私はあてはまらないかもしれない。
でも、生きることは苦しいこと、悩み続けることという
主張は、「あぁ悩むことは正常なんだ。」と思わせてくれた。

また、本を読むことだけで問題が解決するわけではない、
というのも誠実さが伝わる。そのとおりだと思う。
本はやはり人の意見。それをヒントに、現実世界を
自分自身で生きていって、自分なりの生き方をみつける
ということだと思う。


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2007年09月07日

つげ義春「つげ義春とぼく」を読んだ

たま石川浩司さんが著作で好きだと言っていたので読んで、
つげ義春が好きになった。
まんがは一通り図書館で読み、周辺のエッセイなどにも
手を出したくなっていくつか読んだ。

つげ氏は現在もさまざまなアーティストや文化人から
好かれていてたまに紹介されたりするので、
ある層の人から人気がある。

「つげ義春とぼく」は旅行記の部分、自叙伝の部分、
夢を記述した部分にわかれている。また、いくつかの漫画作品も
のっている。

つげ氏のギャグはシュールだ。「ギャグ」と一まとめにすると
語弊があるかもしれないが、あえてそういわせてもらう。
なぜこのようなシュールさが出せるのか。
つげ氏はあまり性格がよくない。一般的な価値観でいうと。
嫌なことは避けるし、人の弱い部分をよく見てるし、
これといった勇気や根性もないと思う。(大変失礼だが)
でも、シュールなギャグというのは、どこかいじわるで卑怯な性格がないと
できないと思う。だが、その性格の悪さを隠したりしない。
だから、いじわるで卑怯な読者がつげ氏に共感するのだと思う。
本当に素直で優しい人はつげ氏の作品を読んでも
たんなる「ゲイジュツ作品」に見えてしまうだろう。

各地の温泉地を旅するが、この人は本当に廃れた
場所が好きなのだなと思う。私も、うさんくさい場所、
人間くさい場所がわりと好きなのだが、
あれはなんでだろう。なんで楽しいのだろう。

夢を記述した部分は、この人の自分の内面を見つめる
能力の高さに驚かされる。夢などのなんらかのイメージは
みんなわりと持っていると思う。でも、こんなに
詳細に記述できるのは、本当に冷静に自分の心を
観察することができるからだろう。
これを読んでいると、幻想的な気持ちになり、
自分も夢を見ているような感じになる。

自叙伝の部分。若いころは本当に苦労したのだな。
でも、それがこの人の怠け癖からきたものか、
環境からきたものかはわからない。
でも怠けものだからこそああいう作品が作れるのだ
と思う。


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2007年08月26日

小さな会社のつくり方

 自分で食ってく!?という考えが最近あり、興味本位で読んでみた。
すごくわかりやすい本。会社を作る時、実際どんな書類を作ってどの役所にどのタイミングで届ければいいの?といったことがよくわかった。

 また、会社を作る工程を知ることで、会社の仕組みがわかるという副産物も得られた。会社には最低限こういう機能が必要で、こういう関係者達がいて、といったこと。また、会社が分かると、様々な社会のことがわかってきた。例えば、税務署ってそもそも何?自治体の役所って何してるの?司法書士や税理士ってどうやって食ってるの?といった疑問も、会社とのつながりのなかでわかってきた。
 
 起業でなくても何か独立を考えている方にはおすすめの一冊。


ラベル:起業 ベンチャー
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2007年08月25日

社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」

 この本は、TBSラジオの文化系トークラジオLifeという番組のメインパーソナリティのチャーリーこと鈴木謙介氏がお勧めしていたので読んでみた。

 社会学というものは、社会というものを客観的に見ていて、単純に傍観するだけで参加者としては何もしないという意味で少し抵抗があった。かといって、社会学的なことをLifeのような番組を聴いたりして頭で考えることは、楽しめてしまうという性質が自分にはあり、いつも矛盾を感じている。自分としては、傍観者ではなく、プレイヤーになりたいからだ。正直、傍観者は何も生み出せないという考えがある。社会学者に社会を変えることができるだろうか?彼らは単純なエンターテナーなのではないか、と思っていたこともあったが、最近では彼らの「啓発」という行為がもしかしたら社会を極端に悪い方向に走らせない歯止めにはなるかもしれないという考えも少し出てきた。

 そんな社会学に対して多少複雑な思いを持っていた自分だが、社会学の深みにはまるべくマックス・ヴェーバーの著作であるこの作品を読んでしまった。

 だが、一度読んだだけで理解するのは難しい表現が多い本だった。社会を見る上で客観性を持つことは非常に難しいというような内容だったと思う。社会における観察したい事象を「選択」する時点で、客観性が失われるということか。
 
 確かにそうだ。学者が言うことでさえ、結局その人の「好み」で言っていると思うことがよくある。社会学に正解はあるのだろうかと考えてしまう。私は大学で経済学を専攻していた。感覚的には、経済学は社会学と違って、正解が存在するような気がする。ただ、その場合、宗教なんかが必要で、「どのような状態が人間にとって幸せか」を定義しなければならない。ある人にとってみれば、お金があることかもしれない。ある人にとってみれば、時間があることかもしれない。人とのふれあい、一人で生きること、家族に尽くすこと、質素に暮らすこと。様々な価値観が存在するが、どのような価値観を重視するかを決めることができれば、経済学は正解を持ちうるのではないかと思う。ただ、それば非常に難しい。一つの価値観に決めてしまうのはファシズムにつながるかもしれない。現在、経済学は「money」を価値観に統一しているため、ある程度の有効性を示せている。が、最近では様々な価値観を主張する風潮があり、現状の経済学が批判されている傾向がある。

 この文章を書いていて気付いたが、ヴェーバーが書いていた「事実の把握」と「価値判断」を分けて考えるということは上記のようなことをしっかりと認識するということかもしれない。

 この本では、私が理解できること以上のことを言っていた可能性がある。また時間を置いて読んでみようと思う。


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2006年10月15日

深い河

遠藤周作の「深い河」を読んだ。

インドを舞台に繰り広げられる中高年の男女達の物語だ。ここ最近インドネタばかり書いているので、インド専用のブログだと思われてしまうかもしれないが、そういうわけではない。最近、インドに旅行したばかりとあって、インドへの思いがすごく膨れ上がっているんだ。

インドの描写は本当にリアル。9月に行ってきた僕も思い出すことが多かった。

西洋的な善と悪の二分法は必ずしも正しくはないという思いはますます強まった。

ただ、遠藤周作はキリスト教徒である。この物語で描かれている東洋はキリスト教の視点を通して描かれているのは間違いない。西洋のインテリがわかりもしない東洋に理解をしめす感じは多少ある。

ただ、遠藤周作のインドの描写は素晴らしいと思うのは確かだ。

僕もインドのガンジス河で沐浴した。インド人がよく飲むミルクティの色をした河だ。他宗教の僕が沐浴したら白い目で見られるのではと心配だったが、意外にもインド人は好意的で、沐浴の仕方を丁寧に教えてくれた。水を前方に掬うようにして太陽のを目掛けて持ち上げる感じだ。僕がそうやるのをインド人達は喜んでいるように見えた。
ラベル:インド 遠藤周作
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